FC2ブログ
水を持って出掛けた。
しかし、持ったことを忘れた。

途中で喉が乾く。
バックの中の水は、すっかり忘れている。

『あぁ、こんな時に何で持ってないのか。暑いがここは我慢だ。到着まで・・』
と我慢を決め込む。

漸く目的地に到着する。
バックの中を見る。水がある。『持っていたのか・・』と唖然とする。

・・・さっきの話だ。

何かの話に似ているな・・と感じた。

「自分探し」だ。

この世にではこんなことしてくる、と決意して出掛ける(この世に来る)
しかし、それを忘れる。
釈迦力になってそれを探す。外に向かって・・
死の直前になって(もしくはある日ふと)、
自分を振り返るとそれは自分が元々持っていたことに気がつく。

「よく気づいておれ」ブッダは口癖のように言ったという。

宝は自分がの中にないか?と振り返る。

スポンサーサイト



テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

神に近づきし者となるには行(ぎょう)が必要。

実際、近づくと、マブダチ感覚で呼びかけるとか…(スワミ・サッチダーナンダの本に書いてあった)

ねぇ、アラーとか
ブッダよ…とか。

我々は神に仰々しくしすぎなのかもね。
己の中に居るのに。
戦国武将、上杉謙信の軍隊は当時最強と呼ばれた。

甲斐の武田と並んでの戦国最強。


その総大将たる謙信は戦場にて不覚を取らぬよう禁欲(女犯禁)を願掛けしていたという。

戦争の時だけ?

いいや、生涯・・

生涯っ?

そう、「天と地と」という本を書いた海音寺潮五郎氏なんかは、
生涯、彼は純だった(要するに童貞だ)と主張していた。

ただし、当時は男色は普通にアリだ。男とはヤっていたかも知れない。

生涯の禁欲者を総大将に持つ軍隊。
そりゃ、日本最強になるべくしてなる。

20年位前、コーエーの信長の野望というゲームで謙信は戦闘力100だったような気がする。
今でも100かな…。

そう、謙信で、思い出したこと。

確か、どこかの城を囲んだ時、城兵が「あれは名のある大将に違いない・・・」と
鉄砲を撃ちかけたがなぜか全く当たらなかったという話

ここだ。上杉謙信と不思議な弾丸

もう一つ、

小田原攻城戦でも、鉄砲の当たる距離まで来て、撃ちかけられたが当たらず、
弁当を広げて、茶をすすって悠々と引き上げた・・という話

これだ。上杉 謙信 1 自分は神仏


同じような話が仏教にもある。
こっちは、ブッダだ。

当時、アングリマーラという最強の殺人者がいて999人まで殺した。
なんでも1000人殺せば悟れると吹きこまれたらしい(催眠術師のような奴に)

1000人目・・というときにブッダを見かけた。

跳びかかるように走るも、何故か距離が縮まらない・・

どんなに走っても縮まらない。

「このやろう、逃げるんじゃねー」と叫ぶも、ブッダは「私はただ歩いているだけだ・・」と答える。

へとへとになって殺すのをやめる・・・(終いには帰依して、悟るのだが)

という話。

神通力か。何なのか。
神から天から守られる。
不運から守られる。
魔(疫病神)は避けていく。

野垂れ死にしない。
性がコントロール出来る者は、いつか、きっと一角の人物となるであろう。禁欲者たちよ。
昨日の瞑想中、より多くの人間の役に立つよう、私の体をお使いください。と願った。

今朝から、変な命令形のメッセージが来る。

あそこへ、いけ、右だ。あれ食え。

あぁ、はいはい、行きます、そうします・・あれ?おかしいぞ。
命令系メッセージは・・そうだ、カスか。
「低級霊を逝ねっ」
と心で叫ぶと
「われこそは高級霊である」だって(笑)
俺は偉いと自分で言う奴ほどカス。
人間も霊も一緒だ。
「美人であることに酔いしれて、
『どう?私って?』と、それをひけらかす女性は魅力的か?」
「全然ですね」

「では、もう一問」
「禁欲者であることに酔いしれて、
『どう?どう俺って』と、それをひけらかす禁欲者は魅力的か?」
「…誰の事いってます?」
「禁欲さむらい、とかってのか、そうだと聞いたぞ」
「ご冗談を

・・
なんだ、前回とおんなじこと書いちまったよ〜。

今日で365日ってことで許してね
「自分で自分の事、綺麗よと思っている(思っていそうな)女の何処が綺麗なのだろう?」

「そういう視線は自分に向けるのだ。
お前も気をつけろと。
禁欲者の波動、身に纏って調子こいて居ると穴に落ちるぞ。
落ちる前に気づけよ。」

「ラジャー」
神仏には、個人的なお願い事をするものでは無い。

神仏は、感謝の言葉、もしくは、御報告をする対象である。

世間の人は、初詣、正月のみ、人がより多く群がる神社こそ、ご利益があるとばかり出掛ける。
わざわざ電車で行く…。

本当は近くの神社で良い。
あなたの住む土地のヌシに感謝すべきなのだから。

初詣にはお賽銭を入れる。せいぜい、ワンコインだろう。
MAX500円か。
個人的なお願いがそんな値段で叶うのだろうか?
初詣の時だけ、神仏にすがり、日頃は何も思わない。
そして、叶わなかった事だけ、どういう事?と怒る。
そんな感じだろう…。

自分の自説はこうだ。
神仏へは、日頃の感謝をお知らせするものである。
私に肉体を、与えて下さって有難うございます…などと。
別に神社仏閣の前で無くてよい。
個人的なお願いをするものでは無い。
お願いならば、他人の、より多くの人の、社会の為になることを願うべきであろう。
その方が神も喜ぶ。
自分が神の立場だったら、そう願う奴を優先的を応援する。

電車で出掛ける必要は無い。
年一回なんて不義理は止めて、毎日やろう。
自身そうしている。
肉体ですら、素晴らしいギフトなのに、それは当然と思い、厚かましいリクエストをしてくる奴は放っておかれるだろう。

叶おうが叶うまいが結果は問わず、日頃の心の掛けを良くして行く。

心を綺麗に保つとは、そういう事だ。
今いる環境に学ぶべきことがある。

学ぶべきことが無いならばとっくにそこには居ない。

目に映る状況は己に何かを学べという示唆である。

「どうして、こういう状況を見させられるのか?
 天は私に何を学習しろと言っているのか?」

そう考えてみると森羅万象、全てが学習の好機である。
意識の放逸さがないから、頼もしく映る。
女性に好かれる。
突拍子も無い事、言ったり、したりしない。
当たり前だよね~しかし、猿だと女が近くに来ただけでドキドキしちゃうんだ。
落ち着かない。
それが女性に伝わる。
距離を置かれる。
それに気づいて自己嫌悪。
ストレス発散とばかりにオナる。
悪循環。

これ、独身で女ナシだと永遠にやるからね。
何処かで自然に、気がついたら、オナ禁が習慣化しましたってのは、無いよ。たまたま、長く抜いて無い…はあっても。
40過ぎてもね。

それくらい、性欲は手なづけにくいものなの。タチがわるい。
禁欲は顔つきを変えてしまう。

筋トレは体つきを変えてしまう。

瞑想は心の反応パターンを変えてしまう。

筋トレや瞑想が習慣となって五年。

禁欲者を目指して(?)四年。

かくして、五年前には全く想像出来なかった自分がいる。

ガラスに映るシルエットから、「おっ、なんだ、今、凄い奴が見えた…あっ俺か…なんだかコワっ」
(自分でいうか、と言ったところだか、結構ある、普通の男性は、「あぁ、何か面白いこと、無いかな~とか、綺麗なおねーちゃん居ないかな」と意識が放逸である。
瞑想者として、その放逸さが嫌いなので、気が外に出て行かない、内側に包んだ…感じ)

そんな時もある。

禁欲者、修行者には劣化が無い。向上あるのみ。
何かを決定的に変えねばなるまい…そう思うときが決断の時だ。

もう同じことの繰り返しをしていても、同じ結果が出来ることがわかっているなら、そこにしがみつくことはない。

飛翔のチャンスだ。

そう言うあなたに禁欲をオススメする。

縁が無ければ続かないから、性に合っているかも問われるが。
禁欲者はナルシストになる。

なぜかって?

鏡に映っている奴が格好いいからだ。
352日目となった。

口から火でも出そうだ。

禁欲サムライ~炎の男~とでもサブタイトルつけようか。

でもね、走るとタプタプいうぜ。
変なタイミングで出そうなときもある(エロとまったく関係のないタイミングで)。

そうだ、詩でも唄うか、

「力は山を抜き、気は世を覆う…」
って、これは垓下の詩
では無いか。
正にそんな気分。

→続きを読む

人にパワーを与えられる人間となれ。
人からパワーを奪う人間となっては為らない。

与えれば与えられる。好循環のサイクルに入れる。
仏教だろうが、
新興宗教だろうが、
オナ禁だろうが、
オナ猿だろうが、
人生が豊かになるなら、それを使えばよい。

どれもツールだ。

…あれ?何か余計なのが一つ入ったかな?

まぁいい、気にしない気にしない。
毎日がつまんね~
何か面白い事ないかな~

…こういうスタンスで居ると、人の失態をここぞとばかりに笑う。
待ってました!と。
今日一日、つまんねー一日で終わらず済んだとでも言いたげだ。

対し、

別に面白い事など無くて良い。
(オナ禁し)内から湧き上がるようなエネルギーがあるから、気力は充足している。
それに、笑えば笑われる(因果関係)、笑われたくないし、人の失態に追い打ちをかけるようにするのって人間としてどうなのか?

…こういうスタンスで居れば、人の失態を笑わない。
人は笑っているが、自分は違う…と。

前者には、向上が無く、後者には向上がある。

どちらの自分を選択したいか?
ファッションモデルでも無いのに、「これ見よがし」な仕草をする人が居る(多くは身体的、性的魅力をアピール)が、不自然さが目に余ると見苦しい。

性欲に囚われて居るとそれが見抜けない。
禁欲者を知る者は禁欲者である。

禁欲の良さを知るのも禁欲者である。

禁欲の良さがわからぬ者を猿という。

猿は禁欲者を認められないらしい。
狭量。
禁欲者は、
自制心があるから、誰からも好かれる。
突拍子も無い行動や発言を、したりはしない。
そんな自分が好きになる。
頼もしく映る。
実際、頼まれる。
自然とリーダーとなる。

オナ猿は、
自制心がない。
女の裸に負ける。
行為、所作に無駄ができる。
突拍子も無い行動をする。
電車内での酔っ払いのように、近くにいるとどんな危害が及ぶか、わからない。
だから、人は距離を置く。
誰からも好かれない。
猿だから、自分自身が好きで無い。

人から好かれない人間が、神から好かれようか?
人から好かれない人間に真の豊かさが訪れようか?
「そこを右だ。右行くといい事があるぜ。」

「○○から、取りかかれ」

「宝くじを買え。」


命令系で来るメッセージは全部無視して良い。

低級霊か、エゴの声だ。

命令に従うと、こいつはオモロイと低級霊は面白がる。

益々、命令して来る。
調子に乗らせぬことが肝要。
若ければ美しい。さもありなん。
問題は、どう美しく年を取っていくかにある。

◯◯◯◯

「(年齢的に)SEXがしたいが為に、相手を求めているのではないのだ。」
「しかし、エロを見るではないか?」
「んん〜・・それは男の本能かな」
「逃げれてないぞ」

◯◯◯◯

形から入ったら偉い目にあう。
女体がそうなんだが・・。
そんなものは2年か3年で変化してしまう。顔だって変わるのだ。

◯◯◯◯

男は女の姿かたちを見ているが、
女は男の姿かたちに囚われてはいないのではないのだろうか
姿かたちは周辺視野的に認識し、内面たるものを常に見透かしているのではないだろうか?
例えば、人の多い所、駅の構内とかでメッチャ急いでいる人というのは、その人体を視線ではっきり捕らえなくても
周辺視野で捕らえられる・・
そのように目の前にいる人を捉えているのではないか

「考えるのではない。感じるのだ。」(ブルース・リー)
禁欲者よ、時計や装飾品では表現しきれない光々しさを身に纏え。

エゴは心を今に据え置かせたくは無いらしい。

過去に、未来に心を飛ばしては
後悔や期待に持って行きたがる。

「今ここ」を見させようとはしない。

下手を打てば、追い打ちをかけてくる。
「また、オマエしでかしたのか・・しょうもない奴だ・・」と。

上手に出来たときも追い打ちをかけてくる。
「上手く行っただって?もっともっと上手くスマートに出来たんじゃないか?
あと30分は早く仕上げられただろ?
もうちょっとスムーズな報告ができただろ?」と。

瞑想してるとこの手の追い打ちはパターンがあるのが分かる。
来たら、彼(エゴ)を認めてやるのだ。

おぉ、またアンタか、よく来た。
まぁ、ここに座れ。話そうじゃないか。
しかし、あんたもその言葉好きねぇ。
うんうん、アンタの言うことも一理あるよ。それで?解決方法は?
ダメ出し以外、他に言うことないのか?
彼の話を聞いて上げる。
存在を認めてあげる。

すると、あれは赤面して去っていく。
見つかると直ぐに逃げるらしい。

しかし、自分が再び穴に落ちたときに、気がついたら彼は居る。
彼はそれを闇から見つめているのだ。
過食すると、貪りに火がつく。
(あー腹一杯、うごけねー、うごけねーけどなんか見よ、2ch・・Youtube・・・)
貪ると、性欲に火がつく。
(2chやYotubeじゃ、刺激が足んねーよ、そうだ、エロを見よう・・)
性欲に火がつくと人間から猿に格落ちする。
(うぉつ、抑えられん。こいつでリセット・・・)

※()内は具体例を書いてみた。

食欲を制御できないで、どうして心を制御できるのか?
貪ることが制御できないで、どうして心を制御出来るのか?
性欲を制御できないで、どうして心を制御できるのか?

自分の場合、全ては過食が引き金になっている。ここを閉めておけばだいたい安泰。

339日目だ。もうすぐ1年か。

今年はリセットゼロの予定。
男にガン見されるのは何だろうねぇ。

すれ違いざまも「おぉ、」みたいな表情している人がいる。

完成度が高く見られる?
パンパンに膨らんだ風船のように、気が満ち溢れているのか

しかし、ガン見を見返しても、喧嘩風にはならない。

何故なら、慈悲の瞑想をする男だから。





性欲に囚われない人こそ、真の人格者たり得る。

欲目で見たりしないから、判断が甘くなったりはしない。

異性としてでなく、人間として観るから、どの程度の女かがわかる。
どうしてエロ禁解除するのかって?
わが身に問うて見た。

俺はまだ枯れてないよな?って確認したいらしい。

ヤレヤレ
弱い犬(サル)ほど良く吠える。
愚痴を言う。
相手が悪い。
環境が悪い。
自分はちっとも悪くないという。
また、虚勢を張る。

本当に強き人(禁欲者)は、強さをひけらかしたりは、しない。
愚痴は言わない。
環境に感謝する。
何か良くない事が起こったら、自分の何処が悪かったのかな?と内省する。
強がったりはしない(デフォで精神的に強く見えるので、強がる必要が無い)。