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己が観察できない奴は、その行動は独りよがりな者となる。

指摘をする。すると、え?どこが悪いの?と。
しばらく経ってまたやらかす。
そう、得心してないからな。
周囲を呆れさせる。

己が観察出来ない者は太っていることが多い(わたくしの主観)。
良く食う。
貪る。
1分長くなった仕事時間に怒り、
1分短くなった休憩時間に怒る。

自己管理能力に欠く。

自分自身への第三者的な目線、所謂、自己客観視が、出来るようになると、KYからは遠ざかる。
世間からお呼びがかかる。
食いっぱぐれ無い。
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エゴイストの

その表情は、キモい。

その心は、汚い。

他人に対して、キツイ。

3Kだ。

受け入れられるもんじゃねー。

他人も、自分も。
無い無い。

晴れてたら困るって地方の人もいるよ。雨を待望する地方の人とか。

そんな地方へ、うかつに旅行できん。

だから、雨を望む地方に行けば、雨を。

晴れを望む地方に行けば、晴れを。

自分が行って、そこの地の人が明るくなるような人間になろう。
受容。

受容すれば苦しみは減る。

受容しなければ、反発する。抵抗する。無視する。

これは余計なエネルギーの使い方なのだ。

欲しくても手に入らない。

このことを仏教用語で渇愛(かつあい)という。

渇いた愛。放置すれば、喉が渇くかのように焼け膨れ上がる。妄想という尾ひれを付けて。


禁軍は若い人が多い(というか、私がダントツで年寄りなのだが)。

若くていいなぁ。と思う反面、俺も今のままの人生で良かったなぁと思う。

何も知らずに今から20歳の時に戻されたら、またオナ猿で、独身で、30代後半になって

瞑想を知って、オナ禁を知るのだろうな・・・と。

だから、何度やり直しさせられても同じような気がするよ。

諦観かもしれない。

とりあえず、今のありのままを認めることだな。

尾ひれをつけず。

虚勢を張らず。

虚勢なんか張らなくても充分デカイ。

人間である上に、禁欲者なのだから。

ずっと体調いいや。何日だ?とスマホのアプリを確認したら502日だった。

5年半前に、煙草を絶ってから走れるようになった。

…と言っても朝ダッシュ、終電ダッシュだ。ジョギングの方ではない。


精神の方も、週末に瞑想をバッチリしたので今週は調子いいや。
揉めない。
意見がバッティングしても、相手は何故その意見に執着するのだろう?と秒速で思う、成る程、という答えが出る。譲る。
いつもならば、顔見ただけで嫌悪のエネルギーが伝わってしまい、そこからの会話となるから揉める。
しかし、今はその嫌悪が飛んで行っていない。だから、何だがわからんが相手も自分の意見を聞く。(おかしいな、おれ、同じ内容喋っているよね?なんで受け入れられたり、そうでなかったりなの?とじぶんでも謎。
師に尋ねると、素粒子レベルで好意、嫌悪の何かが飛んでいるのだろうと。)

打ち合わせもスムース終わったりする。
好循環。



年の瀬だ。


良い機会だから、今年身についてしまった悪癖を改善する助走をしつつ、来年を迎えたいものだ。
見るものは、選ばねばならない。
言うことは、選ばねばならない。
聞くものは、選ばねばならない。
接する人は、選ばねばならない。

そういう制限まみれって楽しいのか?

えぇ、そりゃもう、十二分に。




知覚器官をフル活用して、俗世の楽しみを感受できるだけ楽しんだら、苦が減るか?というとそうではない。

楽しんでない谷に当たる部分(時期)に苦を感じるだろう。

だから、自ら穴掘っている、谷を深くしているのである。

快楽を追い求めれば、苦は増大する。
ネガもポジも変化を愉しむ。

万物は流転し、1秒とて変わらぬものはない。

コンクリートとか、変わらないじゃないか・・・という人もあるが、それは人間の目でみたタイムスパン。

宇宙時間、1万年とかで見ればコンクリートだって風化してしまう。だから、毎秒変化しているのである。

ポジの期間は長く、ネガの期間は短く・・

人はそう考えがちだが、

試合や試験などで花開いているのは一瞬で

その一瞬のために猛烈な下積み時代があるのである。

だから、その長きに渡る下積み時代を愉しんでしまえば良い。

今がどんなによろしくない状況でもいつかは変わる。

変化しないモノはない。状況は刻々と変わる。それに耳を澄ます。

「よく気づいておれ」仏陀
サムライ「あぁ、このまま、俺は独りで老いて死んで行くるのか。」

ピッコロ「そうだねぇ。」

サムライ「せめて結婚していたらなぁ。」

ピッコロ「結婚していても、奥さんに先立たれれば、独りは一緒。」

サムライ「そうか。じゃぁ、結婚し、子供がいればなぁ~ということか。チト、望みが高くなるな。」

ピッコロ「結婚し、子供が居ても親の面倒を見る出来の良い子供が育つとでも?
己を見るが良い。
人間の子というのは、野生動物以下で
歩くのにも半年とか掛かるし、生まれて数年は自分でパンツすら履けんのだよ。
で、大人になって、自分がかくかくしかじか出来なかったのは、親のせい…と思う。
で、話戻すと、結婚し子供がいても同居してなきゃ、居ないのも一緒。かつ、奥さんが先立ては、独りは変わらない。」

サムライ「結局、独りで死んで行くということか。


ピッコロ「そういう事。」

サムライ「ピッコロさん、悟ってるねえ」

ピッコロ「私は神…」

サムライ「ブッダは神の存在は認めてないぜ。」

ピッコロ「何とでも言え。じゃぁ、私はブッダ…とでも言うぞ。」

サムライ「それはヤメテ…」
姿かたちは綺麗であれど、心までは綺麗とは到底思えん。

瞑想でもしない限り。
瞑想したってなかなか綺麗にならんのだ。
エゴと欲望は常につきまとう。

他人だった時は、良いなぁ、素晴らしい人だなぁと思ったが、隣に置いたら、なんじゃこいつは…ということが、多いにあり得る。

幻想ということか。
一体何に憧れているのだ?
コメント欄でどなたかも仰ってますか、代表さんの声はいい声してますな。

斎藤一人氏曰く、「ボソボソ喋る奴に成功者は居ない」とか言ってたの思い出した。

昔、テレビ東京のワールドビジネスサテライト(?だったかな、今でもあるのか?)みてたら、司会が代わったとおもったら、凄いボソボソ喋る男(アナウンサーにあれは無いな、識者上がりだったのかも)になり、「なんじゃ、こりゃ聞くに絶えん~」とか思っていたら3日で居なくなってしまったのを思い出した。

20代後半は…だったというが、あの頃の自分は戻らんという決意の強さが人生を変えたのでしょうな…。

ピッコロ「こらこら、ブログで人様の批評か?」

あぁ、失礼しました。
どんな生き物も変化の最中にある。

刻々と変化している。

しばらくぶりに会ったら、ずいぶん老けたな・・と感じる人もいる。

しかし、毎日会っていたらわからない。

自分の顔も毎日見ているから、青年だと思っていたらいつのまにか中年だ。

いつ歳を取ったのだ?

外見もそうだが、心なんかそれ以上。心はころころ。毎秒変化している。

さっきまで好きだったが、今は幻滅して・・ということはそこら中にある。

老いは避けられないのに、ある一瞬だけを捕らえて

「可愛い」とか「格好いい」とか思い、妄想を膨らませて恋愛する。

「可愛い」とか「格好いい」とかは、数百とか数千あるその人のアングルの1つでしかない。

1/100や1/1000を見て、あぁ素晴らしい人〜とか思っている、思いたいのだろう。

そして、その人は20年後も「可愛い」だろうか?「格好良い」のだろうか?

毎日傍らにいるようになった、自分の妻、夫になったパートナーを見てそうは思わないほうが大半だろう。

そうなってくると、恋愛・・なんてのは滑稽でしかない。

園児が砂場でママゴトしているようなものだな。

・・と強がってみても、孤独を感じるときはある。

スーパーで独り買い物をしているときが特にだ。

禁欲する前は、いらだちから独り暴れそうにもなったが、今は禁欲と瞑想がある。

耐性は向上ているらしい。

素晴らしい習慣を手に入れたものだ。

これを幸運と言わず、何というのか。

禁欲者に果報があらんことを。(←打ち消し文章じゃないですよ)

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